(1)豚のエサに「炭」?観音池ポークの品質を支える「ネッカリッチ」
2022.06.09
(1)豚のエサに「炭」?観音池ポークの品質を支える「ネッカリッチ
(株)KREAM観音池ポーク取材チーム
炭の効用
キャンプやバーベキューに欠かせない炭。古くは石器時代から燃料として炭が用いられていた記録が残っており、煙の少なさや強力な火力を持つ性質から近年まで日常的に利用されてきました。
燃料としての用途以外にも脱臭や浄水としての用途、さらには日本家屋や神社、仏閣では炭を床下に敷き詰め、湿度の調節の目的で利用されてきました。
炭は近年、医薬品の分野でも利用されています。炭には表面に大小さまざまな穴がたくさん開いて、その穴に腸内の腐敗物質やガスなどを吸着することから、便通を改善したり、整腸作用が期待できるのです。昔から牛のお腹の調子が悪い時など、炭を食べさせて調子を整えたりすることが経験的に行われていましたが、現代からみても理にかなった方法だったのです。
ネッカリッチとは
炭がもつパワーを農業や畜産分野に活用し、作物の成長や家畜の健康に役立てる。こうした考えを元に製品化されたのが「ネッカリッチ(商品名:スーパーネッカリッチ)」です。製造元は宮崎県宮崎市にある「宮崎みどり製薬(株)」です。ネッカリッチは、広葉樹(シイ・タブなど)の樹皮を炭化させた「樹皮炭」と、炭化過程で出る煙を冷却させてできた「木酢液(もくさくえき)」を混合して作る、100%自然由来の混合飼料です。できあがったネッカリッチは、見た目は真っ黒、手に取るとサラサラとした感触で、鉛筆の芯のような香りがします。
1970年から製造が開始され、1975年に動物用医薬品の製造許可(農林水産大臣許可)、1982年には飼料安全法に基づき飼料原料として認可されました。ネッカリッチは炭・木酢関係資材として国が認めている飼料原料です。ちなみにネッカリッチという名称は、熱化学によって樹皮を炭化する(ネッカ)とミネラル等の栄養成分が豊富(リッチ)であることが由来になっています。
このネッカリッチとの出会いが、観音池ポークの品質、銘柄豚としての方向づけに大きく関わることになります。この点は後述するとして、ネッカリッチは現在、養豚の他にも養鶏、養牛、養魚、養鰻、野菜の栽培などあらゆる分野で利用されています。インターネットで「ネッカリッチ」と検索すると、いろいろなネッカリッチ商品を見ることができます。
腸内環境を良くする効果
ネッカリッチの効用としてまず挙げられるのが、「腸内フローラ」の改善です。「腸内フローラ」とは腸内における善玉菌数(乳酸菌等)と悪玉菌数とのバランスのことで、人間はもちろん、牛や豚も腸内フローラが良好だと病気になりにくく、健康を維持できます。ネッカリッチを与えると、牛や豚の腸内の善玉菌(乳酸菌)が増え、腸内フローラが改善することが大学の研究で報告されています。
豚の腸内で乳酸菌をはじめとする善玉菌の数が多いと、①肉自体に獣臭による臭みが少ない、②腸内環境の改善により栄養吸収が促進され、アミノ酸などを多く含んだ肉になる、③善玉菌が増えることで免疫力が上がり、薬(抗生物質)を与える回数が減るといった効果が期待できます。
また一般的に食べたときに口溶けがよく、舌触りがなめらかな肉は脂肪が溶ける温度(融点)が低いことが関係しているのですが、ネッカリッチを与えた肉の融点を測定したところ、平均で1.7℃ほど低いという結果も出ています。
観音池ポークのロースやバラ肉をしゃぶしゃぶにして食べたとき、脂がさっぱりとして、肉に「甘み」を感じるとの声を聞くことがあります。これもネッカリッチがもたらす腸内フローラの改善、融点の低さが関係しているのかもしれません。
ネッカリッチとの出会い
今から30年以上前、養豚経営を安定させるには規模拡大でスケールメリットを図ることが最善とされていました。一方で全国では肉質の差別化で経営安定を図ろうとする動きも生まれ始めていました。いわゆる「銘柄豚」の登場です。
現・観音池ポークの代表である馬場 通氏は、地元高城町に銘柄豚を造成しようと、地元の養豚農家に声をかけ、有志を募ります。当時の高城町役場が事務局となり名称を公募し、1986年に前身である「観音池ポーク研究会」が発足します。
しかし銘柄豚を作るといっても、そもそも銘柄豚とは何か、また具体的な方法も分からなかったため、全国の先進地を視察することにしました。その中で三重県の「伊賀山麓豚」という銘柄豚を訪ねることになります。
「(伊賀山麓豚の生産者から)『松坂牛はビールを飲ませて肉質を良くしますが、うちの豚は酢を与えて健康に育てています。また養豚場特有の臭いも少なくなります』と話を聞きました。その酢は何ですかと聞くと、ネッカリッチという資材で宮崎県の会社から仕入れているものとのことでした。まさに灯台下暗しで、早速問い合わせて導入に至りました」(馬場氏)
使用にあたっては、ネッカリッチを学術的に研究し、宮崎みどり製薬とも関わりの深い、宮崎大学農学部の黒田治門教授より量や回数など具体的な指導の下に行われました。
ネッカリッチは、配合飼料に対して1.0%~1.5%を混ぜて使います。飼料全体に占める割合は少ないとはいえ、これまでの飼料代に加えてコストがかかります。導入にかかったコストを吸収できるのか、またどれくらいで効果が現れるのか、期待と不安が入り混じるなか、ネッカリッチの使用を進めます。
効果は徐々に現れ、豚舎の臭いが軽減されたことに加え、肉を煮たときのアクが少ない、豚肉特有の臭みが少ない、肉色がピンク色で見た目にもきれいと内外から評価を受けるようになります。
「全国にはいろんな銘柄豚がいて、『〇〇を使った〇〇豚』とエサや飼育方法を宣伝するケースをよく目にします。観音池ポークを立ち上げるときも、何か特徴的なもの取り入れようという意見がありましたが、名ばかりで中身がないものはしたくありませんでした。それを使うことで本当に価値があり、消費者にとって安心・安全で、品質向上に役立つものにしたかった。その「食べ物をつくることは、生命をつくること。毎日口にする食べ物であるから、おいしさはもちろんのこと、原料となるエサには安全で安心できるものを使いたい」という馬場氏の信念、観音池ポークのこだわりとネッカリッチが合致したのです。
Co2の削減にも貢献
今回の記事を作成するに当たり、宮崎みどり製薬株式会社を訪問し、ネッカリッチの製造現場を見させてもらいました。前述したようにネッカリッチは、広葉樹の樹皮を熱して炭化させた「樹皮炭」と、炭化過程で出る煙を冷却させてできる「木酢液」を混合して作ります。このうち樹皮炭の製造では、鉄板を敷いて密閉した部屋(炭化窯)に樹皮を入れ、350~400℃で蒸し焼きにします。その特性は、最近よく耳にする「カーボンニュートラル」にも関係しています。カーボンニュートラルとは温室効果ガスの排出量と吸収量のバランスを取って全体をゼロにすることです。
18世紀の産業革命以降、石油・石炭・天然ガスなどの化石燃料が大量に消費されてきました。化石燃料の消費は多大なエネルギーを生み出す一方で、地中に固定されていた大量の炭素を温室効果ガスとして大気中に放出させています。現在のように二酸化炭素などの温室効果ガスの排出量が吸収量を上回る状況が続けば、地球全体の気温に影響を及ぼすまでに大気中の濃度は上がり続けます。これに歯止めをかけるには、放出された炭素の再固定と長期貯蔵(カーボンマイナス)が必要になります。
樹木は光合成によって二酸化炭素を吸収します。やがて腐ったり燃えたりすると、再び二酸化炭素を排出し、空気中の二酸化炭素は増えてしまいます。一方、二酸化炭素を吸収した樹木を炭にすると、炭素を中に閉じ込め固定することができます。つまり炭を原料とするネッカリッチを使うことは、カーボンマイナスにつながり、地球温暖化防止にも貢献するのです。
現在、多くの外国産食料が輸入されています。豚肉の分野も外国から多くが輸入されるようになり、国産と市場を二分しています。「外国産に負けない農産物を作るには、バイオマスを活用した循環型有機農業を進化させることが必要」と宮崎みどり製薬の山口秀樹社長が語るように、環境に配慮しながら質がよく、付加価値の高い農産物を作ることは経営的にみても重要な課題です。観音池ポークのネッカリッチを使った養豚は、その実践例として今後も注目されます。